親愛なるジャンボプールの神様へ

ヨーロッパ史のこと、移民のこと、スイムウェアのこと、社会のこと、政治のこと、生活のこと書いています。

歴史への回帰。

 年明けにBSで『ホモ・デウス』という歴史書についての面白いドキュメンタリーがやっていました。2019年の目標は立てたつもりだったのですが、このドキュメンタリーを見た後に自分の立てた目標を修正したくなりました 。このドキュメンタリーは私に自分が何をすべきか何をしたいのかということを考えさせたからです。 目標の修正というのは、歴史へのさらなる注力ということです。私の歴史への回帰といったところです。私は人生の3分の2を歴史に注いできました。それが私の最も熱い情熱の向かいところなのです。

 

 しかし、そう、ここでしかしなのです。やはり生活していくためにというのもあり、歴史の道をそれました。まあ、これは半分いい訳でもあるかもです。単に才能がなかった、努力が足りなかっただけなのかもしれません。しかし、自分に必要以上に厳しくしても前に勧めません。自分を正当に評価したい。やはり、歴史の道をそれたといっても、その時の自分はその時できることを精いっぱいした、その時の自分にはあれがベストだったのだ、最善をつくしてあれだったんだ思うのです。努力が足りなかったわけでも才能がなかったわけでもない。あの時のベストを尽くし、私にはそれを可能するだけの才能は少なくともあった。だから、道をそれたからと言って、歴史が向いてないわけでもないし、その才能がない訳でもない。ただそのタイミングじゃなかったのです。それを、向いてないとか自分にはできないんだろうなとか思ってしまったのかこの人生の3分の1だったんですね。

 

 歴史書のドキュメンタリーをみて激しい情熱がこみあげてくるのに抗うことができない自分を見つめて、改めて自分の向かう道というか自分の心の向かう方向について考えさせられました。だから今年の目標は、もっともっと歴史に注力したものになるのです。以上(イサン)!

「わからんのよ。間違えたら、ごめんね。直してね。」

 さて、長い冬休みを堪能したあと、仕事生活が再開しました。私の人生にはいくつもの線路が走っていますが、時間がその線路の太さを表すとするなら、最も太い線は仕事生活の線路と、家庭生活の線路でしょう。この長い冬休みは仕事生活の線路は閉鎖されていて、家庭生活の線路だけが使われていました。が、今日幸か不幸か仕事生活の線路が再び開通しました。

 

 私は仕事はやりたいことをやりたい、情熱を傾けられることをやりたいと思っていたので、勝手に仕事に対する期待を上げてしまう傾向にあります。勿論、好きな仕事だけがくるわけではないですから、きた仕事を頑張って自分にとってやりがいのあるものにしよう、何か自分の成長の糧にできるようなものにしようと工夫してきました。

 

 これは間違いではないし、これをやってきたことに誇りを持っています。しかし、なぜか、今新しい仕事でこれをやろうとしてもなにもかもうまくいかないのです。なにせ自分のタスクがいまいちよく理解できないのです。それに自分も問題があります。つまり、素直に何度も聞くことができないのです。聞いてもその場で理解できる気がしません。やっていくうちにだんだんとわかっていくものだよ、と自分に言い聞かせてましたが不安が募るだけです。それで職場にいても、なんだか天涯孤独に感じるのです。早く慣れたいとおもっても、気持ちばかり焦って空回りしているようです。

 

 休み明け、初日の仕事。休み前に悩んでいたことは休みを経て、自然解消したかに見えましたが、その現実をまざまざと、しかも休みを経たことでより色濃く見せつけてきました。恐らく、これまでの仕事で自分で仕事を自分のものにしてきた、という自負が変に膨らんでしまい、素直になりずらくしているのではないか―。そんなことを考えました。わからないなら、何度でも訊こう。かっこ悪くてもいいじゃない。何度も聞くのが気が引けるなら、1時間くらい時間をとってもらい教えてもらう、あるいは何度も聞いても大丈夫か事前に相手にうかがってみるのもいい。変なプライドがあるから、できるかできないかわからない仕事も、引き受けて空回りしたりするのです。

 

  そういえば、私の今年の目標は「今あるResourcesを大事にする、存分に活用する」というものです。だから、今自分が手元にもっているタスクを大事にして、そこに力を注げばいいと思うんです。あれもこれもできなきゃだめ、と思ったりせずに。なにも自分の力がないというわけではない。変にへりくだったり、私何にもできないの、となげやりに考えたくはありません。あくまで正当に自分を評価し続けたいのです。色々できてきた自分である、実力もポテンシャルもある、ただしそれは今この環境で即座に発揮されるものではない、人々に教えを乞う必要があるし、人々と交わり目標を共有し協力していくなかで少しづつ発揮されるものなのです。

 

 そもそも私が以前「できた」のはそうした周りの人々あってのことであって、私が独りで着想し問題解決したものなどないに等しいのです。そういう当たり前のことを忘れかけるほど、自分が自分のプライド以外のよりどころをなくしているのは残念なことでしたが、ここで気づくことができたのは幸運でした。

 

 「わからんのよ。間違えたら、ごめんね。直してね。」

新しい目標の立て方に挑戦してみた。

 前回は2018年のフィードバックをしましたので、今回は2019年の目標について考えます。大谷翔平流の目標の立て方を旦那が教えてくれまして、それに沿って目標を立てててみました。大谷翔平流の目標の立て方は縦横3マスずつの計9マスの票を用意し。真ん中に大目標、周りのマスに中・小目標を埋めていくといった感じのものです。(ネットで探せば詳細がわかります、済みません。。)それをもとに、目標を8項目に分けて作りました。

 

 今回は大目標は、「ときめく日々を送る!」というなんとも子どもっぽい目標を立ててみましたが、結構まじめです。で、それを達成するには?と考えて中目標を立てました。中目標は、家族、家、趣味、仕事、等々の8項目に分けて考えます。それぞれの項目で大目標を達成するのに必要な活動を小目標としてさらに8項目づつ考えます。ここまで細かく落とし込めば、とりかかりやすいということだと思います。

 

 ここからは自己流?ですが、大中小の目標を立てたら、それぞれの活動をいつするのか考え、期限を設けます。それをスケジュールに落とし込みます。まずはグーグルカレンダーなどの電子カレンダーに落とし込んでから、紙媒体の手帳に落とし込みます。

 

 こうして活動を開始して、今このブログを書いているわけです。これを書くのも目標の一つにしてあるからです。

 

2018年の振り返り。Good Bye and Thank you, 2018.

 長いようで短いようで長い一年が終わりました。職場を二回変わり、引っ越しを二回しました。実に様々な出来事があり、実に様々なことを考えました。今年を振り替えって一言で表現するのは非常に無理がありますが、それでも無理に一言で表現するとどうなるでしょう? それは楽しかったの一言になるでしょうか。 こんなにもの毎日楽しい日々は人生で初めてではないでしょうか。 何が楽しいかって夫との毎日の生活が楽しいんですね。 一年を振り返り 今年起こった重要な変化についてまとめてみたいと思います。

1. 結婚したこと

 おそらく自分が最も恐れをもって認識していたことの一つである結婚というものに踏み切ったのが、何よりも大きな出来事だったと思います。 結婚ってそんなにいい印象を持っていませんでした。 人をハッピーにするかもしれないけど、逆に人を奈落の底に落とすこともある。世間をみてそう考えていました。 だけどもし 結婚するならハッピーになりたい、相手と楽しく過ごしたい、お互い成長していきたいとずっと思っていました。 そしてそんな相手に めぐり逢い、今年彼と一緒になることができました。本当に幸せです。 楽しい毎日なんてそんないいことあるわけないって思ってましたが実際あるんだなあと実感を通して確信しました。 毎日互いに支え合う旦那に感謝してもしきれません。

  1. 転職したこと

 5,6年勤めた会社を辞めて 旦那の職場のある県に引っ越しました。 引っ越してから就活したのですがあまりうまくいかず、結局パートタイマーの事務員として落ち着きました。 その後、旦那の異動に伴い再度引っ越しし、 その時は 旦那の会社が雇ってくれました(契約社員ですが)。 というわけで 職場を3箇所渡り歩きました。私はとにかく引っ込み思案で新しい環境に 慣れるのにすごく時間がかかります。若い時はそれで良かったのかもしれないのですが ある程度 経験を積んでから だと自分も妙に自信もありますし、 歳がいっている分周囲も気を使います。それで余計ガチガチになり、さらに慣れづらい状況を半分自分で作ってしまいました。しかし面白いもので、 逆境とか大きな環境の変化とかがあると、なかなか 自分も含めた人間に対する観察が鋭くなります。自分も見つめなおしますし、前の職場、前の前の職場と新しい職場を比較したり、人間関係を比較したりします。なかなか 洞察力が更に 深まったきがします。


  1. 家事の自動化に踏み切ったこと

 結婚して家庭を持ったら、今まで親に頼っていた分の家事などを自分たちでやらなければいけないが、共働きとなると時間も限られる。疲れた上に家事をしなければいけないのはしんどい。どうしたらいいか?家事を自動化すればいい、というのが情報を集めた結果の結論です。つまり結婚したらルンバや ホットクックなどを購入する計画でした。

 

 しかし 結婚して引っ越した時点で 冷蔵庫やら 洗濯機やら 本棚やら 家具を色々揃えて 結構な 消費 をしました。 それに畳み掛けるように高い家電製品を買うのは かなり躊躇して 踏み切るのに半年以上かかりました 夫の転勤に伴って さらに地方へ引っ越したのですがその時夫の会社が私を かなりいい時給で雇ってくださいましたので その前に勤めていたパートタイマーの仕事よりはかなり収入が増えました おそらく営業の仕事をしていた時 と同じとまではいかないかもしれませんがかなりそれに近づくことができそうですですので経済的余裕が出てきたので 夫と相談して この際 思い切って設備投資をしようと思いました これで余った時間で いろんなことにチャレンジしたいと思います。


  1. 洋裁教室と投資の教室に通い始めたこと

 結婚して引っ越した先では、正社員に張らなずパートタイマーをやっていました。結構時間があったので何か将来の糧になることを、と思って洋裁教室と投資の教室に始めました。  洋裁教室に生き始めたのには、いくつか理由があります。

一、 自分がファッションに興味があって できれば自分で 作りたいデザインしたいと思っていた。

二、時間ができた 今がチャンスだと思った。

三、私はなかなか昔から 自分の体に合う服が見つからないなぁというのが悩みでしたので、いっそ作ることを習得した方がいいんじゃないかと思っていた。

四、 これまではずっとパソコンでやる仕事趣味は読書ぐらいしかなく、もっとクリエイティブな活動をしたかった

五、ジュリアン・キャメロンの『やりたかったことをやりなさい』を読んで、クリエイティブなことに挑戦する勇気を得た。

 

 とくに五番目の理由が結構重要でした。この本はアートを仕事とする人、あるいはアートを仕事としたいと思っているができない人向けに書かれた本で、どうしたら自分の 創造性を見つけてそれをの活かし伸ばすか、ということについてアドバイスしてくれています。 もちろんクリエイティブな活動 に限らずこの本を読んだことで、今まで躊躇していたけどずっとやりたいと思っていたこともチャレンジするようになりました。投資の学校もそのひとつです。


  1. 引っ越ししたこと

 私は都会育ちの人間だったので、周りに何もないような田舎で住むのはかなり難しいだろうと思っていました。運命は面白いことをするもので、今年そんな私に田舎暮らしの機会を与えました。ここまで大きな環境の変化は社会人になってからは初めてです。しかし夫がいつも支えてくれて私の不安を和らげてくれたり、夫も私も 好きな スーパー巡りを一緒に して 慣れない土地でも 案外楽しく過ごせています。色々振り返ってもやはり夫には大感謝です。そしていつも応援してくれる家族全員に感謝です。

 

 こうやって振り返ってみると、なるほど非常に恵まれた1年であり、学びも多かった、楽しみも多かった一年だったなあと思います。来年はもっと皆をハッピーにできるよう、より自己実現していけるよう成長したいと思います。

本棚の岩瀬投手もNeo君に世代交代か。

 普段あまり小説は読みません。どちらかというとノンフィクションが多いです。最近はフランス革命についての歴史本を細々と読み進めていました。一度に2、3冊読み進めるのが好きで、フランス革命以外に他に読んでいましたが、それが終わってからは何もなくなってしまいました。自分の本棚を眺めてみても、「そうか、もっとこのテーマのものを読んでみよう」とか「あれ、そういえばこれ買ったまままだ読んでなかったから読もう」とか思わせるものがないのです。自分の本棚は自分の好きな本だけ、自分が見てときめく者だけにしています。ですので、いつも本棚を眺めるだけでインスピレーションが起きて、自分をさらなる読書の世界に導いてくれるのですが、最近そういったものがほとんどなくなってしまいました。

 

 これにはちょっと自分が驚きました。自分がこれまで、興味があって情熱を注いでいると思っていたものが案外そうでもなくなってきたのかと妙に寂しく感じました。実家から引っ越してきたときに自分にとって大事だと思われる本を厳選して持ってきた本たちが棚においてあります。彼らはいわばワールドカップの選抜選手陣みないたものなのです。そんな彼らが急に色あせて見えてきたのです。

 

 これは、あるいは、これまでこだわり続けてきたテーマにこれ以上こだわらず、視野を広げてみろと神様が言っているのかなと想像してみました。ちょっと頑固にこだわってきたmigrationだとかnationalismだとかいったテーマにばかり目を向けず、自分の心の向くところについていってみてはどうかと言われている気がしました。実はこのことは前々からうっすら気づいていましたが、どうも自分に自信がないためかできていませんでした。しかし、本棚に置かれた選抜選手たちを眺めると、今年中日ドラゴンズを次々と引退していった古巣選手たちのように思われてきました。彼らの花の時代は終わり、表舞台から降りていく。彼らの数々の功績、貢献を残して、裏の舞台へと活躍の場を移していく。いとおしく感じながら感謝して見送るファンたち。ちょうどそんな心持がしました。

 

 本たちの世代交代の時期が来ているのかもしれない、私ー球団オーナーか監督か―にとっても新しいチャレンジの時期にきているのかと感じました。心のむかうところ、と言えば、先日サマセット・モームの「月と六ペンス」が面白かったので、彼の他の小説も読んでみようと思っていたところでした。早速図書館へ行って「人間の絆」を借りてきて、今日で2週間ほどが経ちました。前回これほどたまらなく小説に没頭したのはいつだろうと考えたら、約10年前に読んだ「アンナカレーニナ」でした。

 

 思えば今年は引越ししたり転職したり、新しい環境・人間関係になれるので精いっぱいで、頭を使うノンフィクションよりも心で感じる小説群を例年より多く読んでいたことに気づきました。普段は5%くらいを占める小説が今年は20%-30%はいったのではないかと思います。Sophie Kinsellaの小説が二つ、Edith Whartonの"The Age of Innocence"、編集された版ではありますが"Decline and Fall"、"Woman in White"等々。

 

 何か自分が強く欲していたようなものがそこにあります。サマセット・モームの鋭い人間観察のように、自分も人間の心の動きとそれがもたらす行動に興味があるのだと、そしてそれを言葉で表現したい欲求にかられるということに気づき始めました。1年後はそういったテーマに関する本ー今はまだどんなものがあるか分かりませんがーが本棚を占めているかもしれません。

異常にこだわるマイバッグ。

 このブログは自分が好きなヨーロッパの歴史について学んだことや昔から興味のあるmigrationといったテーマについてもっと書きたいと思って始めたのですが、実際は全く関係ない日々の愚痴やら世間話がほとんど占めてしまいました。しかも、レジ袋についての話題を2回もしてしまいました。そしてこれが3度目なのです。

 

 前回はコンビニのレジ袋について、愚痴まがいの提言をしました。つまり、レジ袋をくれるならポイントをくれ、と。同情するなら金をくれ、的に言ってみました。愛知県住まいでは、買い物はいつもマイバッグをもってきていることを誇りにしていました。

 

 いやあ、愛知県はよかった。引っ越してまだひと月もたっていませんが、懐かしい。週に一回習い事のために三重の山奥からはるばる行くのですが、電車の窓からよく言っていたスーパーが見えるとなんともいえない郷愁が胸にじんわりと広がるのです。初めて地元を離れて暮らした町、自分の心配性もあって、親を故郷においてきてしまったことへの不安や初めての土地で交友関係のない寂しさ、そんな自分を夫がいつも精いっぱい元気づけてくれた愛情、それらの濃厚な思い出が六か月という短い時間だったにもかかわらず、その町をいとおしくするのです。

 

 なんだか話がずれましたが、今のはどう考えても重要なポイントです。このブログにとってというより、自分にとってですが(笑)

 

 話を戻すと、愛知県では人々はマイバッグをもってスーパーに現れていました。マイバッグを持たざる者、買うべからず、という目に見えないお触れがあります。少なくとも私はそう見ました。で、それがもう当たり前だとおもってしまったのです。ところがどうやら、三重県ではちがうらしい。最近できたというとあるスーパーに行って、激安の鶏肉などをカートに入れレジに並びました。と、前の人の生産しているようすを見ると、なんと店員さんがなんの躊躇もなくレジ袋をお客さんに渡していました。これには驚きました。もちろん自分の番がくるなり、袋なしで大丈夫です、と告げました。やれやれ、コンビニだけではなくスーパーもか・・・と勝手に落胆。アンチレジ袋戦線はまだまだなようです。

足音響かせて秋。

今日は何やら役員等がバタバタと社長向けの資料を作りに勤しんでいました。 なかなか滑稽な光景でありました。 そして彼らの足音とは何と高くしっかりと響くことでしょう。 平社員の方がもっと人数が多いはずなのに、役員たちが歩く時は、コツ、コツ と一歩ずつがやけに強く響くように感じます 。何も 平社員の連中が安全靴で彼らが革靴だからというわけではありません 。彼らの重い、 他の連中にとっては 悩みの種である、その 鬱陶しい役職が彼らの足音をより一層大きくするのです。